Written by Leif Pedersen
Edited by Dylan Sisson, F. Sebastian Grassia, George ElKoura
日本語訳 手島孝人

COMPLEXITY SIMPLIFIED

 

トイ・ストーリー4は1兆ポリゴンを超える世界を描いた、ピクサー史上最も大規模な映画である。絶え間ないレンダリング技術とデータ管理の進化のおかげでピクサーのテクニカルアーティストたちはこのクリエイティブで複雑なビジョンを実現することができた。そのワークフローの最前線でピクサーの映画製作パイプラインを今の姿に変えたのが、USD(ユニバーサル・シーン・デスクリプション)である。

パイプラインとはなんだろう?簡単に言えば、複雑で大規模なプロセスを予測可能で信頼性の高いものにするツールセットだ。従来のパイプラインの概要を図に示した。これは最終的なフレームにたどり着くまでにいくつもの部門が順番に共同作業する様子である。しかしこの図は、各担当が自分の作業を進めるためにはその前段階の担当者の仕事が完了するのを待たなければいけない、ということを意味している。例えば、アニメーションはキャラクターモデルが存在しなければ付け始めることができない。

© Disney / Pixar

ピクサーはその長い歴史のなかで部門をまたいだアーティストの共同作業のためのツールを開発してきた。USD はその数十年にわたる経験の集大成である。この新しいアセットパイプラインツールのおかげで、部署間のチームワークのあり方はさらなる革新を続けている。

なぜか?「時は金なり」というが、長編映画製作をスケジュール通りに終わらせるために一番基本となることは、非破壊な方法で部署間の共同作業を促進できるような、予測可能なツールセットを用いることだ。

Toy Story 4 © Disney/Pixar

なるほど、それはわかる。しかし自分のお気に入りのアプリケーションではすでにそんな問題は解決していたのではないか?
もちろん、あなたがそのアプリケーションだけで作業しているならそうかもしれない。しかしピクサーでは、イノベーションを本当に大事なものと考えている。そのために各担当部門はそれぞれのニーズに一番最適なツールを自由に選んだり作ったりできるようにしておきたい。その思想のもとに USD は全ての部門で邪魔にならず扱えるクリーンで堅牢な相互交換フォーマットとして機能する。これはプロダクション環境においてモデリング、アニメーション、マテリアル、ライト、カメラ、その他よく使う様々なデータの記述に用いることができる。

こうした交換フォーマットを使うことで共同作業は非常に予測しやすいものになり、アーティストがデータ管理ではなくクリエイティブな作業に集中できるようになる。またこのデータ管理とクリエイティブ作業の分離によって、USD を使ったイノベーションを他部門に悪影響なく推し進めていくことができる。

この共同作業の様子を部門ごとに見ていこう。

Toy Story 4 © Disney/Pixar

 

ステージング・レイアウト

ピクサーでは USD のワークフローが映像世界の構築に革命をもたらしている。この効率的なフォーマットは以前の技術では遅すぎて描画不可能だったくらいの複雑で大規模な世界を制作し編集することができる。USD の Hydra が OpenGL で近似したテクスチャやマテリアル、ライトを使い、アーティストは以前よりはるかに高速にその世界とインタラクションすることができるのである。

Toy Story 4 © Disney/Pixar

Toy Story 4 © Disney/Pixar

パイプラインの早い段階で映像美を実現できるため、共同作業は楽になり、以前はパイプラインの後段でしか出来なかった承認作業を早めていくことができる。確実に楽になるし、それが他の部門に追加の作業をお願いしたり、変更の影響を与えてしまっていないか心配する必要もない。これこそ USD のもつ非破壊編集の価値なのだ。USD のレイヤリングシステムは Photoshop のレイヤーのように動作する。つまり別々にスタックされた操作を、その内容を変更することなく ON/OFF できる。あなたがシーンのレイアウトをしているときに、マスターライティングが今どうなっているか知りたいだろう?そんなときは、マスターライティングのレイヤーを ON にするだけでいい。

 

アセット・シェーディング

USD には「バリアント」システムがあり、RenderMan はあるオブジェクトの様々なバージョン(形状違い、シェーディング違い、テクスチャ違いなどなど)を呼び出すことができる。トイ・ストーリー4では全てのアセットに複数のバリアントが設定されており、アーティストはショットの中でそれを自由に選択することができる。さらに USD の強力なインスタンス機能を使えば、例えばシェーディングやテクスチャの微妙な変更をしてもすでにメモリに読み込んだジオメトリには影響を与えることはなく、リソース制約を効率的に制御することができる。

Toy Story 4 © Disney/Pixar

たとえばトイ・ストーリー4のアンティーク倉庫では USD のバリアントのおかげで数千個のアセットが極めて少ないデータから生成され、かつては不可能だったようなリッチで効率的な世界を構築している。

ショットワークをしていて、アートディレクターがそのショットのフレームの支配色を変更したくなったとしよう。そんな時はシーケンス全体を他のアーティストも巻き込んで修正するのではなく、単にそのショットの雰囲気にあった色の本棚や椅子を選べば良い。使えるバリアントのなから選ぶだけで新アセットの出来上がりだ。

USD にはマテリアル定義を含めることができるため、ピクサーの内製シェーディングツールと Foundry の Mari のような市販のテクスチャアプリケーションの間で共同作業することもできる。各部門がデータ管理の心配することなくそれぞれの強みを生かすことができる。ピクサー内部のシェーディングシステムは市販ツールとは若干違いがあるため、RenderMan は Pixar Surface Material の Mari 近似を添付しており、テクスチャ作成時により良いシェーディング情報を得ることができるようになっている。

Toy Story 4 © Disney/Pixar

このやりとりを簡単にするため、ピクサーは全ての変換とトラッキング処理を USD で行い、アーティストが簡単にアセットを管理できるようになる社内ツールを開発した。こうしたツールの開発は簡単ではないものの、単一で一貫性のある USD API とシーングラフ、そして読み書き編集のためのリッチなツールセットのおかげで予測可能で外部パイプラインにアクセスしやすいものになっている。

シーンデータといえば、このアンティークショップの中にはピクサーの過去の作品からピクサーボールやレッズドリームのバイクなど1000個以上のアセットが隠されている。いくつ見つけらるかな?

Toy Story 4 © Disney/Pixar

 

アニメーション

USD はピクサーのアニメーションソフトウェア Presto のためにデザインされたコンセプトを洗練させて抽出したものだ。Presto が初めて使われた長編映画はメリダとおそろしの森で、10年ものコードの改良と安定化を経て生まれたのが USD である。この成果はピクサーのオープンソースイニシアチブの一部として誰もが利用することができる。OpenSubdiv、OpenTimelineIO、OpenUSD やその他多くのリサーチプロジェクトが今やパブリックに利用可能になっている。

USD の強力な機能の一つに、複雑なデータセットをロードしそれらを少ないメモリフットプリントでストリーミングできるという点がある。アニメータによるインタラクティブな操作を、周囲の背景をより豊かに表示した状態で行うことができる。たとえばキャラクターアーティストは髪の毛をリアルタイムに確認しながら操作できるため、動きを正確に判断することが可能になる。これにより反復可能な作業量を大幅に増やすことができ、豊かなキャラクターの演技でより洗練されたショットとシーケンスを仕上げるのに非常に役立つ。

Incredibles 2 © Disney / Pixar

この技術革新は USD のバックエンドおよびフロントエンド描画フレームワークである Hydra と、ピクサーのオープンソースメッシュ描画プロジェクト OpenSubdiv の二つを組み合わせ、複雑なシーンデータを最大の速度と品質で表示することで可能になった。また群集チームもこのパイプラインの進化の恩恵を受けている。大量のデータセットを簡易バージョンでビジュアライズしてUSD の高速なキャッシュシステムとリアルタイム再生で作業をし、準備ができたらプロダクションクオリティのアセットにスイッチするといった、シーンを大規模に変更しやすい USD 中心のアプローチをとることができる。

Coco © Disney / Pixar

 

ライティング

ビューポートのレンダーデリゲートを動的にスイッチできることも USD の重要な機能の一つだ。たとえば OpenGL と RenderMan を切り替えて、プロダクションの初期の段階でもよりよいライティング結果を得ることができる。監督や撮影監督はより正確なフィードバックを得ることができるため、ライティングアーティストはレイアウト部門の基本的な色味や配置の違いに悩まされずに、自分のショットを洗練させることだけに集中することができる。

Incredibles 2 © Disney / Pixar

 

レンダリング

最終レンダリング画像は普通はパイプラインの一番最後、カラーコレクションと編集の直前にできるものであるが、USD と Hydra のおかげで今や RenderMan ははるか前の段階から利用でき、多くの部門がレンダリング結果をみながら作業ができるようになった。

最初のパイプライン構成図を覚えているだろうか?この図はいまどれだけの部門が USD と RenderMan を使うようになったかを示している。すばらしいだろう!

© Disney / Pixar
 

こうして制作作業のいたるところで映像品質が高まったことで、アーティストは被写界深度やモーションブラー、シャドウなど最終フレームレンダリングによく指定されている複雑な効果をすべてリアルタイムにプレビューできるようになった。ピクサーにはできるだけレンダリングしたピクセルをそのままにしようとするポリシーがあり、ポストプロセスで不必要なフィルタをしたり、その結果画像が劣化することをできるだけ避けている。したがって制作時にレンダリング時の効果を近似しておくことは非常に大事なことである。これはステレオ3Dなどピクセル忠実度が非常に重要な部門にとっても重要だ。

 

Toy Story 4 © Disney/Pixar

 

USD ディストリビューションでは usdview などのツールも利用できる。これはアスキー(usda)、バイナリ(usd)、およびアーカイブ(usdz)のどの種類の USD ファイルでもロードでき、レンダーデリゲートを RenderMan に切り替えるだけでライティングも有効にしてショットやアセットを表示することができる。これらのコラボレーションワークフローでファイナルフレームの品質は上がり、全員がそれぞれの作業での情報量を増やし、フィードバックセッション(デイリーと呼ばれる)がより正確で生産的なものになる。

 

Toy Story 4 © Disney/Pixar

これが最初に話した1兆ポリゴンのショットだが、USD のおかげで松ぼっくりの針の1本1本まで詳細に作り込まれているのである!

 

どうしたら USD を使えるのか?

Houdini

RenderMan は Pixar USD をサポートする hdPrman のリリースに中心的な役割を果たしている。これは USD Hydra の描画プラグインである。また SideFX Houdini 18 と、USD を組み込んだ革新的なルックデブ用 Solaris ツールセットの提供にも協力している。

 

Maya

USD がオープンソースになり、この数年でピクサーは VFX とアニメーション業界に大きな影響を与えてきた。Luma Pictures や Animal Logic などのスタジオはただそれを使うだけでなく、重要なフィードバックや開発リソースを提供して全てのユーザーに恩恵を与えてくれている。それらのプラグイン開発の成果はもうじき Autodesk Maya 向けに公開され、USD エコシステムをかつてないロバストなものにしてくれるだろう。

 

Katana

Foundry の旗艦ライティングツール Katana では、来るべき新バージョンで USD ツールセットの拡張性とマッチするような魅力的なワークフローを作ることを約束している。

 

ロードマップ

ピクサーUSD は世界中の開発者がそのコードを新しいクリエイティブな領域に持ち込んでいけるよう進化を続けていくだろう。そして RenderMan は USD が CG 業界にインパクトを与え続けるものであるように、これからもこの革新的なフォーマットの進化を支えていく。

 


RenderManについて

RenderManはハリウッド映画において、実写合成やリアリティを優先したプロフェッショレンダラーです。常にトップクオリティが求められるハリウッドニーズと技術が凝縮しています。RenderManは特に3Dアニメーションと視覚効果(VFX)のレンダリングにおいて大きな目標を達成するために設計されました。その結果RenderManは高速で効率よく最先端の機能を提供すると共に複雑なジオメトリを大量に取り扱うことができます。

>> Renderman の詳細・ご購入はこちら