(Christine / Lauren)
これは滅多に外に出てこないんです。で、いったん見たら……もう忘れられません。
1) Living Archivesへようこそ(Juliet)
(Juliet)
こんにちは。ジュリエットです。ピクサーの「Living Archives(リビング・アーカイブズ)」を管理しています。ようこそ。ここは、私たちの長編作品をデザインするために生まれたアートワークを保管する、特別設計の最新設備です。
ただ、ここにあるのはそれだけではありません。ピクサーの歴史そのものも保管しています。ピクサーの始まりは、長編第一作『トイ・ストーリー』よりも、さらに10年以上前にさかのぼります。
ここが「Vault 1(保管庫1)」の入り口で、同じような保管庫がいくつも並んでいます。私たちは作品ごとに、年代順に整理しています。たとえばこちら側は『トイ・ストーリー』から始まり、次が『バグズ・ライフ』、そしてその先へ……という具合です。
私たちは、映画が開発中のいちばん初期段階――まだアイデアが芽生えたばかりの頃から――制作チームと密接に連携します。そして、その過程で生まれたものが最終的にきちんとアーカイブに残るようにしているんです。未来の制作で、またこの素材を活用できるようにするためです。
たとえば『モンスターズ・インク』のリサーチが必要になったとします。後から『モンスターズ・ユニバーシティ』を作っていた時に参照したい、という状況ですね。そういうときはここに来て、『モンスターズ・インク』のセクションを探します。
保管庫の中に入ると、箱や棚の番号と連動したデータベースがあります。番号を手がかりに「このアートはどこにあるか」「サリーの部屋の資料は?」「スケアフロア(怖がらせる工場フロア)の資料は?」といったことを調べられます。ときには、制作チームがリサーチ旅行で撮ってきた写真資料が入っていることもあります。
2) アーカイブは自然発生的に始まった
(Juliet)
このアーカイブは、最初から立派に整備されていたわけではなく、かなり自然発生的に始まりました。初期のピクサー社員にはウォルト・ディズニー・カンパニーの大ファンが多く、ディズニーには昔からアーカイブ文化があったんですね。
そして、ある人物が大きな役割を果たしました。『トイ・ストーリー』でPA(制作アシスタント)として働き始めたジョナス・リヴェラです。彼は筋金入りのディズニーファンで、当時、みんなが映画のために絵を描いては捨ててしまうのを見て、「これは残すべきだ」と思ったんです。実際に捨てられたアートをゴミ箱から拾って、いろんな人のオフィスから集め、保管していました。
「このアートが将来どういう価値を持つか、誰にも分からない。そもそもこれは史上初のフルCG長編になるかもしれないんだ。何が起きるか分からない」――そんな思いからです。つまり、アーカイブの原点は、彼が人々のオフィスからアートをこっそり確保していたところから始まったんです。
3) アイデアを伝えるためのアートが、毎日生まれている
(Juliet)
ここで見られるアートはすべて、基本的には「頭の中のアイデアを誰かに伝えるため」に作られています。「私はこの世界をこう考えている」「このキャラクターはこうなり得る」――それを形にするためです。なので、アーティストたちは出社するたびに、毎日ずっと描いて、作り続けています。
素材もさまざまで、マーカー、パステル、絵の具のペインティングなどがありますし、昼食中に思いついてナプキンや紙タオルに描いたものだってあります。
それから、マケット(キャラクターを立体で検討するための彫刻/模型)を保管するための、別の隔離保管室もあります。立体にすることで、キャラクターがより生きている感じに近づいていくんですね。
これは、私たちが「存在しています」と世界に向けて発表した最初期の告知資料です。当時の私たちは、主にコンピュータグラフィックスの課題に取り組んでいて、「Pixar Image Computer(ピクサー・イメージ・コンピュータ)」という高品質なハードウェアを作っていました。実は、会社名の「Pixar」は、このPixar Image Computerから取られているんです。
『ティン・トイ』の大きなマケットを取りに行く
(Juliet / Bri)
(Juliet)
ブリ、さっきマケットの話をしたよね。何かひとつ、出してみようか。
(Bri)
うん、いいよ。ひとつ思い当たるのがある。初期の短編『ティン・トイ』のもの。
(Juliet)
『ティン・トイ』のマケット?
(Bri)
そう。ちょっと大きいから手伝ってほしい。
(Juliet)
あ、どれか分かった気がする……。
(Bri)
よいしょ。持てる?
(Juliet)
うん……!それを、あなたの後ろの台車に乗せよう。
(Bri)
マケット全部がこんなに大きいわけじゃないんだけど、これは本当に初期の頃で、いろんなことを試していた時代のものなんだよね。
(Juliet)
じゃあ、これをクリスティンとローレンのところに持っていこう。きっと、私たちに話したいものがあるはず。
このコンピュータは本当にすごいことができました。しかも、意外な業界でも使われていました。
そして私たちは短編映画も作っていました。短編は、当時の本業――つまり映画制作ツールを作る事業――に注目してもらうためのものでもあったんです。
この新聞の切り抜き、私は大好きです。スティーブ・ジョブズが私たちを買収した、というニュースなんですが、「Steven P. Jobs」と書かれていて、普段呼ばないすごくフォーマルな表記なんですよね。それと「Pixarの従業員たち」についても触れていて。
これはPixar Image Computerの前面パネル(フェイスプレート)です。私たちがルーカスフィルム時代に販売していて、スピンアウト後は「Pixar」として販売していました。誰であれ必要としているところに売っていたような、かなりハイエンドな画像処理ユニットでした。ここには、当時どういうふうにマーケティングしていたかが分かる資料もあります。
これも大好き。ルーカスフィルム時代のブランドが見えて、時代を感じますよね。
それから、独立初年度のTシャツもあります。これは1986年、NCGA(National Computer Graphics Association)のもの。こっちはSIGGRAPHのものです。SIGGRAPHは私たちにとって特別で、そこで人材と出会って採用につながったり、コンピュータグラフィックスがどこへ向かっていくのかを発信したりしていました。
ここは「Pixar before Pixar(ピクサー以前のピクサー)」と呼んでいるキャビネットで、面白いものがたくさん入っています。Pixar Image Computerの話をしましたが、こっちは1986年当時の64MBのRAMです。すごく大きいんです。
それから、あまり知られていない製品もあります。ピクサーは当時、十分に利益が出ていなかったので、収益源をどう確保するかを考えなければなりませんでした。そこで最初にやったことのひとつが、「自分たちがすでに社内で作っているものを売れないか」と考えることでした。
たとえばデジタルテクスチャ。物の表面のためのテクスチャですね。128種類作って、フロッピーディスクで買えるようにしていました(フロッピーを知ってる人は分かりますよね)。
それから「Showplace(ショウプレイス)」というソフトも売っていました。ソフトに入っているオブジェクトを、装飾的に配置して楽しめるパッケージです。Showplaceは1991年の代表的な製品のひとつでした。
そして『トイ・ストーリー』の1995年のプレス写真を撮っていた頃には、Showplaceの箱がモニター台として使われていたりもします。
それから、今年は『ルクソーJr.』の40周年でもあるので、ルクソーの物語が分かるものも紹介したいと思います。これは『ルクソーJr.』そのものの物語――ジョン・ラセターが書いたストーリーです。これは親と子の話で、ふたりが遊ぶ、その関係性の話なんですね。
ここには、ジョンが画面上で起きてほしいアクションを考えたサムネイル(小さなラフ)が残っています。当時の技術は遅く、まだ原始的だったので、「最終的に画面でどう見えるか」を理解するために、こういうふうにしっかり描き起こす必要があったんです。いわば、すごく初期のストーリーボードですね。
ルクソーのランプのアニメーションを作り始めた頃、社員の一人が、子どものランプの動きを想像するために、駐車場でゴミ箱を飛び越える人のリファレンス写真を撮ったこともあります。
そうして『ルクソーJr.』を作り、それがコンピュータアニメーションの可能性に人々をワクワクさせました。その後『Red’s Dream』を作り、さらに『ティン・トイ』へ進みます。
『ティン・トイ』は赤ちゃんと、小さなブリキのおもちゃが出てくる短編で、おもちゃが赤ちゃんを怖がる話です。
そして――赤ちゃんの頭部の彫刻があるんです。たぶんこれから見せるものがそれ。
これは滅多に出てきません。で、いったん見たら……もう忘れられません。
だからこそ、今日は特別に。回してみましょう。よし。じゃあ、出しますね。
うわ……。すごい。しかも、めちゃくちゃ重い。
私が初めて見た時は、Pixar Image Computerの箱の中に入っていました。
では、こちらです。
表面に線が刻まれているのは、デジタイジング・ワンドを使って頂点を取り込むためです。できる限りの精度でやっていたんでしょうね。
これは、たぶんピクサー最初の人間だったと思います。だから、分からないことだらけで、いろいろ試行錯誤していました。
でも『ティン・トイ』は大成功でした。短編アニメーション部門でアカデミー賞を受賞し、そこから長編制作へと踏み出す大きなきっかけになったんです。業界でも「LAにいない会社が、コンピュータで長編映画を作ろうとしているらしい」と噂が広がり始めて――そこから『トイ・ストーリー』が生まれました。
(Juliet)
こんにちは。ジュリエットです。ピクサーの「Living Archives(リビング・アーカイブズ)」を管理しています。ようこそ。ここは、私たちの長編作品をデザインするために生まれたアートワークを保管する、特別設計の最新設備です。
ただ、ここにあるのはそれだけではありません。ピクサーの歴史そのものも保管しています。ピクサーの始まりは、長編第一作『トイ・ストーリー』よりも、さらに10年以上前にさかのぼります。
ここが「Vault 1(保管庫1)」の入り口で、同じような保管庫がいくつも並んでいます。私たちは作品ごとに、年代順に整理しています。たとえばこちら側は『トイ・ストーリー』から始まり、次が『バグズ・ライフ』、そしてその先へ……という具合です。
私たちは、映画が開発中のいちばん初期段階――まだアイデアが芽生えたばかりの頃から――制作チームと密接に連携します。そして、その過程で生まれたものが最終的にきちんとアーカイブに残るようにしているんです。未来の制作で、またこの素材を活用できるようにするためです。
たとえば『モンスターズ・インク』のリサーチが必要になったとします。後から『モンスターズ・ユニバーシティ』を作っていた時に参照したい、という状況ですね。そういうときはここに来て、『モンスターズ・インク』のセクションを探します。
保管庫の中に入ると、箱や棚の番号と連動したデータベースがあります。番号を手がかりに「このアートはどこにあるか」「サリーの部屋の資料は?」「スケアフロア(怖がらせる工場フロア)の資料は?」といったことを調べられます。ときには、制作チームがリサーチ旅行で撮ってきた写真資料が入っていることもあります。
2) アーカイブは自然発生的に始まった
(Juliet)
このアーカイブは、最初から立派に整備されていたわけではなく、かなり自然発生的に始まりました。初期のピクサー社員にはウォルト・ディズニー・カンパニーの大ファンが多く、ディズニーには昔からアーカイブ文化があったんですね。
そして、ある人物が大きな役割を果たしました。『トイ・ストーリー』でPA(制作アシスタント)として働き始めたジョナス・リヴェラです。彼は筋金入りのディズニーファンで、当時、みんなが映画のために絵を描いては捨ててしまうのを見て、「これは残すべきだ」と思ったんです。実際に捨てられたアートをゴミ箱から拾って、いろんな人のオフィスから集め、保管していました。
「このアートが将来どういう価値を持つか、誰にも分からない。そもそもこれは史上初のフルCG長編になるかもしれないんだ。何が起きるか分からない」――そんな思いからです。つまり、アーカイブの原点は、彼が人々のオフィスからアートをこっそり確保していたところから始まったんです。
3) アイデアを伝えるためのアートが、毎日生まれている
(Juliet)
ここで見られるアートはすべて、基本的には「頭の中のアイデアを誰かに伝えるため」に作られています。「私はこの世界をこう考えている」「このキャラクターはこうなり得る」――それを形にするためです。なので、アーティストたちは出社するたびに、毎日ずっと描いて、作り続けています。
素材もさまざまで、マーカー、パステル、絵の具のペインティングなどがありますし、昼食中に思いついてナプキンや紙タオルに描いたものだってあります。
それから、マケット(キャラクターを立体で検討するための彫刻/模型)を保管するための、別の隔離保管室もあります。立体にすることで、キャラクターがより生きている感じに近づいていくんですね。
これは、私たちが「存在しています」と世界に向けて発表した最初期の告知資料です。当時の私たちは、主にコンピュータグラフィックスの課題に取り組んでいて、「Pixar Image Computer(ピクサー・イメージ・コンピュータ)」という高品質なハードウェアを作っていました。実は、会社名の「Pixar」は、このPixar Image Computerから取られているんです。
『ティン・トイ』の大きなマケットを取りに行く
(Juliet / Bri)
(Juliet)
ブリ、さっきマケットの話をしたよね。何かひとつ、出してみようか。
(Bri)
うん、いいよ。ひとつ思い当たるのがある。初期の短編『ティン・トイ』のもの。
(Juliet)
『ティン・トイ』のマケット?
(Bri)
そう。ちょっと大きいから手伝ってほしい。
(Juliet)
あ、どれか分かった気がする……。
(Bri)
よいしょ。持てる?
(Juliet)
うん……!それを、あなたの後ろの台車に乗せよう。
(Bri)
マケット全部がこんなに大きいわけじゃないんだけど、これは本当に初期の頃で、いろんなことを試していた時代のものなんだよね。
(Juliet)
じゃあ、これをクリスティンとローレンのところに持っていこう。きっと、私たちに話したいものがあるはず。
このコンピュータは本当にすごいことができました。しかも、意外な業界でも使われていました。
そして私たちは短編映画も作っていました。短編は、当時の本業――つまり映画制作ツールを作る事業――に注目してもらうためのものでもあったんです。
この新聞の切り抜き、私は大好きです。スティーブ・ジョブズが私たちを買収した、というニュースなんですが、「Steven P. Jobs」と書かれていて、普段呼ばないすごくフォーマルな表記なんですよね。それと「Pixarの従業員たち」についても触れていて。
これはPixar Image Computerの前面パネル(フェイスプレート)です。私たちがルーカスフィルム時代に販売していて、スピンアウト後は「Pixar」として販売していました。誰であれ必要としているところに売っていたような、かなりハイエンドな画像処理ユニットでした。ここには、当時どういうふうにマーケティングしていたかが分かる資料もあります。
これも大好き。ルーカスフィルム時代のブランドが見えて、時代を感じますよね。
それから、独立初年度のTシャツもあります。これは1986年、NCGA(National Computer Graphics Association)のもの。こっちはSIGGRAPHのものです。SIGGRAPHは私たちにとって特別で、そこで人材と出会って採用につながったり、コンピュータグラフィックスがどこへ向かっていくのかを発信したりしていました。
ここは「Pixar before Pixar(ピクサー以前のピクサー)」と呼んでいるキャビネットで、面白いものがたくさん入っています。Pixar Image Computerの話をしましたが、こっちは1986年当時の64MBのRAMです。すごく大きいんです。
それから、あまり知られていない製品もあります。ピクサーは当時、十分に利益が出ていなかったので、収益源をどう確保するかを考えなければなりませんでした。そこで最初にやったことのひとつが、「自分たちがすでに社内で作っているものを売れないか」と考えることでした。
たとえばデジタルテクスチャ。物の表面のためのテクスチャですね。128種類作って、フロッピーディスクで買えるようにしていました(フロッピーを知ってる人は分かりますよね)。
それから「Showplace(ショウプレイス)」というソフトも売っていました。ソフトに入っているオブジェクトを、装飾的に配置して楽しめるパッケージです。Showplaceは1991年の代表的な製品のひとつでした。
そして『トイ・ストーリー』の1995年のプレス写真を撮っていた頃には、Showplaceの箱がモニター台として使われていたりもします。
それから、今年は『ルクソーJr.』の40周年でもあるので、ルクソーの物語が分かるものも紹介したいと思います。これは『ルクソーJr.』そのものの物語――ジョン・ラセターが書いたストーリーです。これは親と子の話で、ふたりが遊ぶ、その関係性の話なんですね。
ここには、ジョンが画面上で起きてほしいアクションを考えたサムネイル(小さなラフ)が残っています。当時の技術は遅く、まだ原始的だったので、「最終的に画面でどう見えるか」を理解するために、こういうふうにしっかり描き起こす必要があったんです。いわば、すごく初期のストーリーボードですね。
ルクソーのランプのアニメーションを作り始めた頃、社員の一人が、子どものランプの動きを想像するために、駐車場でゴミ箱を飛び越える人のリファレンス写真を撮ったこともあります。
そうして『ルクソーJr.』を作り、それがコンピュータアニメーションの可能性に人々をワクワクさせました。その後『Red’s Dream』を作り、さらに『ティン・トイ』へ進みます。
『ティン・トイ』は赤ちゃんと、小さなブリキのおもちゃが出てくる短編で、おもちゃが赤ちゃんを怖がる話です。
そして――赤ちゃんの頭部の彫刻があるんです。たぶんこれから見せるものがそれ。
これは滅多に出てきません。で、いったん見たら……もう忘れられません。
だからこそ、今日は特別に。回してみましょう。よし。じゃあ、出しますね。
うわ……。すごい。しかも、めちゃくちゃ重い。
私が初めて見た時は、Pixar Image Computerの箱の中に入っていました。
では、こちらです。
表面に線が刻まれているのは、デジタイジング・ワンドを使って頂点を取り込むためです。できる限りの精度でやっていたんでしょうね。
これは、たぶんピクサー最初の人間だったと思います。だから、分からないことだらけで、いろいろ試行錯誤していました。
でも『ティン・トイ』は大成功でした。短編アニメーション部門でアカデミー賞を受賞し、そこから長編制作へと踏み出す大きなきっかけになったんです。業界でも「LAにいない会社が、コンピュータで長編映画を作ろうとしているらしい」と噂が広がり始めて――そこから『トイ・ストーリー』が生まれました。
(Juliet)
このアーカイブは、最初から立派に整備されていたわけではなく、かなり自然発生的に始まりました。初期のピクサー社員にはウォルト・ディズニー・カンパニーの大ファンが多く、ディズニーには昔からアーカイブ文化があったんですね。
そして、ある人物が大きな役割を果たしました。『トイ・ストーリー』でPA(制作アシスタント)として働き始めたジョナス・リヴェラです。彼は筋金入りのディズニーファンで、当時、みんなが映画のために絵を描いては捨ててしまうのを見て、「これは残すべきだ」と思ったんです。実際に捨てられたアートをゴミ箱から拾って、いろんな人のオフィスから集め、保管していました。
「このアートが将来どういう価値を持つか、誰にも分からない。そもそもこれは史上初のフルCG長編になるかもしれないんだ。何が起きるか分からない」――そんな思いからです。つまり、アーカイブの原点は、彼が人々のオフィスからアートをこっそり確保していたところから始まったんです。
3) アイデアを伝えるためのアートが、毎日生まれている
(Juliet)
ここで見られるアートはすべて、基本的には「頭の中のアイデアを誰かに伝えるため」に作られています。「私はこの世界をこう考えている」「このキャラクターはこうなり得る」――それを形にするためです。なので、アーティストたちは出社するたびに、毎日ずっと描いて、作り続けています。
素材もさまざまで、マーカー、パステル、絵の具のペインティングなどがありますし、昼食中に思いついてナプキンや紙タオルに描いたものだってあります。
それから、マケット(キャラクターを立体で検討するための彫刻/模型)を保管するための、別の隔離保管室もあります。立体にすることで、キャラクターがより生きている感じに近づいていくんですね。
これは、私たちが「存在しています」と世界に向けて発表した最初期の告知資料です。当時の私たちは、主にコンピュータグラフィックスの課題に取り組んでいて、「Pixar Image Computer(ピクサー・イメージ・コンピュータ)」という高品質なハードウェアを作っていました。実は、会社名の「Pixar」は、このPixar Image Computerから取られているんです。
『ティン・トイ』の大きなマケットを取りに行く
(Juliet / Bri)
(Juliet)
ブリ、さっきマケットの話をしたよね。何かひとつ、出してみようか。
(Bri)
うん、いいよ。ひとつ思い当たるのがある。初期の短編『ティン・トイ』のもの。
(Juliet)
『ティン・トイ』のマケット?
(Bri)
そう。ちょっと大きいから手伝ってほしい。
(Juliet)
あ、どれか分かった気がする……。
(Bri)
よいしょ。持てる?
(Juliet)
うん……!それを、あなたの後ろの台車に乗せよう。
(Bri)
マケット全部がこんなに大きいわけじゃないんだけど、これは本当に初期の頃で、いろんなことを試していた時代のものなんだよね。
(Juliet)
じゃあ、これをクリスティンとローレンのところに持っていこう。きっと、私たちに話したいものがあるはず。
このコンピュータは本当にすごいことができました。しかも、意外な業界でも使われていました。
そして私たちは短編映画も作っていました。短編は、当時の本業――つまり映画制作ツールを作る事業――に注目してもらうためのものでもあったんです。
この新聞の切り抜き、私は大好きです。スティーブ・ジョブズが私たちを買収した、というニュースなんですが、「Steven P. Jobs」と書かれていて、普段呼ばないすごくフォーマルな表記なんですよね。それと「Pixarの従業員たち」についても触れていて。
これはPixar Image Computerの前面パネル(フェイスプレート)です。私たちがルーカスフィルム時代に販売していて、スピンアウト後は「Pixar」として販売していました。誰であれ必要としているところに売っていたような、かなりハイエンドな画像処理ユニットでした。ここには、当時どういうふうにマーケティングしていたかが分かる資料もあります。
これも大好き。ルーカスフィルム時代のブランドが見えて、時代を感じますよね。
それから、独立初年度のTシャツもあります。これは1986年、NCGA(National Computer Graphics Association)のもの。こっちはSIGGRAPHのものです。SIGGRAPHは私たちにとって特別で、そこで人材と出会って採用につながったり、コンピュータグラフィックスがどこへ向かっていくのかを発信したりしていました。
ここは「Pixar before Pixar(ピクサー以前のピクサー)」と呼んでいるキャビネットで、面白いものがたくさん入っています。Pixar Image Computerの話をしましたが、こっちは1986年当時の64MBのRAMです。すごく大きいんです。
それから、あまり知られていない製品もあります。ピクサーは当時、十分に利益が出ていなかったので、収益源をどう確保するかを考えなければなりませんでした。そこで最初にやったことのひとつが、「自分たちがすでに社内で作っているものを売れないか」と考えることでした。
たとえばデジタルテクスチャ。物の表面のためのテクスチャですね。128種類作って、フロッピーディスクで買えるようにしていました(フロッピーを知ってる人は分かりますよね)。
それから「Showplace(ショウプレイス)」というソフトも売っていました。ソフトに入っているオブジェクトを、装飾的に配置して楽しめるパッケージです。Showplaceは1991年の代表的な製品のひとつでした。
そして『トイ・ストーリー』の1995年のプレス写真を撮っていた頃には、Showplaceの箱がモニター台として使われていたりもします。
それから、今年は『ルクソーJr.』の40周年でもあるので、ルクソーの物語が分かるものも紹介したいと思います。これは『ルクソーJr.』そのものの物語――ジョン・ラセターが書いたストーリーです。これは親と子の話で、ふたりが遊ぶ、その関係性の話なんですね。
ここには、ジョンが画面上で起きてほしいアクションを考えたサムネイル(小さなラフ)が残っています。当時の技術は遅く、まだ原始的だったので、「最終的に画面でどう見えるか」を理解するために、こういうふうにしっかり描き起こす必要があったんです。いわば、すごく初期のストーリーボードですね。
ルクソーのランプのアニメーションを作り始めた頃、社員の一人が、子どものランプの動きを想像するために、駐車場でゴミ箱を飛び越える人のリファレンス写真を撮ったこともあります。
そうして『ルクソーJr.』を作り、それがコンピュータアニメーションの可能性に人々をワクワクさせました。その後『Red’s Dream』を作り、さらに『ティン・トイ』へ進みます。
『ティン・トイ』は赤ちゃんと、小さなブリキのおもちゃが出てくる短編で、おもちゃが赤ちゃんを怖がる話です。
そして――赤ちゃんの頭部の彫刻があるんです。たぶんこれから見せるものがそれ。
これは滅多に出てきません。で、いったん見たら……もう忘れられません。
だからこそ、今日は特別に。回してみましょう。よし。じゃあ、出しますね。
うわ……。すごい。しかも、めちゃくちゃ重い。
私が初めて見た時は、Pixar Image Computerの箱の中に入っていました。
では、こちらです。
表面に線が刻まれているのは、デジタイジング・ワンドを使って頂点を取り込むためです。できる限りの精度でやっていたんでしょうね。
これは、たぶんピクサー最初の人間だったと思います。だから、分からないことだらけで、いろいろ試行錯誤していました。
でも『ティン・トイ』は大成功でした。短編アニメーション部門でアカデミー賞を受賞し、そこから長編制作へと踏み出す大きなきっかけになったんです。業界でも「LAにいない会社が、コンピュータで長編映画を作ろうとしているらしい」と噂が広がり始めて――そこから『トイ・ストーリー』が生まれました。
(Juliet)
ここで見られるアートはすべて、基本的には「頭の中のアイデアを誰かに伝えるため」に作られています。「私はこの世界をこう考えている」「このキャラクターはこうなり得る」――それを形にするためです。なので、アーティストたちは出社するたびに、毎日ずっと描いて、作り続けています。
素材もさまざまで、マーカー、パステル、絵の具のペインティングなどがありますし、昼食中に思いついてナプキンや紙タオルに描いたものだってあります。
それから、マケット(キャラクターを立体で検討するための彫刻/模型)を保管するための、別の隔離保管室もあります。立体にすることで、キャラクターがより生きている感じに近づいていくんですね。
これは、私たちが「存在しています」と世界に向けて発表した最初期の告知資料です。当時の私たちは、主にコンピュータグラフィックスの課題に取り組んでいて、「Pixar Image Computer(ピクサー・イメージ・コンピュータ)」という高品質なハードウェアを作っていました。実は、会社名の「Pixar」は、このPixar Image Computerから取られているんです。
『ティン・トイ』の大きなマケットを取りに行く
(Juliet / Bri)
(Juliet)
ブリ、さっきマケットの話をしたよね。何かひとつ、出してみようか。
(Bri)
うん、いいよ。ひとつ思い当たるのがある。初期の短編『ティン・トイ』のもの。
(Juliet)
『ティン・トイ』のマケット?
(Bri)
そう。ちょっと大きいから手伝ってほしい。
(Juliet)
あ、どれか分かった気がする……。
(Bri)
よいしょ。持てる?
(Juliet)
うん……!それを、あなたの後ろの台車に乗せよう。
(Bri)
マケット全部がこんなに大きいわけじゃないんだけど、これは本当に初期の頃で、いろんなことを試していた時代のものなんだよね。
(Juliet)
じゃあ、これをクリスティンとローレンのところに持っていこう。きっと、私たちに話したいものがあるはず。
このコンピュータは本当にすごいことができました。しかも、意外な業界でも使われていました。
そして私たちは短編映画も作っていました。短編は、当時の本業――つまり映画制作ツールを作る事業――に注目してもらうためのものでもあったんです。
この新聞の切り抜き、私は大好きです。スティーブ・ジョブズが私たちを買収した、というニュースなんですが、「Steven P. Jobs」と書かれていて、普段呼ばないすごくフォーマルな表記なんですよね。それと「Pixarの従業員たち」についても触れていて。
これはPixar Image Computerの前面パネル(フェイスプレート)です。私たちがルーカスフィルム時代に販売していて、スピンアウト後は「Pixar」として販売していました。誰であれ必要としているところに売っていたような、かなりハイエンドな画像処理ユニットでした。ここには、当時どういうふうにマーケティングしていたかが分かる資料もあります。
これも大好き。ルーカスフィルム時代のブランドが見えて、時代を感じますよね。
それから、独立初年度のTシャツもあります。これは1986年、NCGA(National Computer Graphics Association)のもの。こっちはSIGGRAPHのものです。SIGGRAPHは私たちにとって特別で、そこで人材と出会って採用につながったり、コンピュータグラフィックスがどこへ向かっていくのかを発信したりしていました。
ここは「Pixar before Pixar(ピクサー以前のピクサー)」と呼んでいるキャビネットで、面白いものがたくさん入っています。Pixar Image Computerの話をしましたが、こっちは1986年当時の64MBのRAMです。すごく大きいんです。
それから、あまり知られていない製品もあります。ピクサーは当時、十分に利益が出ていなかったので、収益源をどう確保するかを考えなければなりませんでした。そこで最初にやったことのひとつが、「自分たちがすでに社内で作っているものを売れないか」と考えることでした。
たとえばデジタルテクスチャ。物の表面のためのテクスチャですね。128種類作って、フロッピーディスクで買えるようにしていました(フロッピーを知ってる人は分かりますよね)。
それから「Showplace(ショウプレイス)」というソフトも売っていました。ソフトに入っているオブジェクトを、装飾的に配置して楽しめるパッケージです。Showplaceは1991年の代表的な製品のひとつでした。
そして『トイ・ストーリー』の1995年のプレス写真を撮っていた頃には、Showplaceの箱がモニター台として使われていたりもします。
それから、今年は『ルクソーJr.』の40周年でもあるので、ルクソーの物語が分かるものも紹介したいと思います。これは『ルクソーJr.』そのものの物語――ジョン・ラセターが書いたストーリーです。これは親と子の話で、ふたりが遊ぶ、その関係性の話なんですね。
ここには、ジョンが画面上で起きてほしいアクションを考えたサムネイル(小さなラフ)が残っています。当時の技術は遅く、まだ原始的だったので、「最終的に画面でどう見えるか」を理解するために、こういうふうにしっかり描き起こす必要があったんです。いわば、すごく初期のストーリーボードですね。
ルクソーのランプのアニメーションを作り始めた頃、社員の一人が、子どものランプの動きを想像するために、駐車場でゴミ箱を飛び越える人のリファレンス写真を撮ったこともあります。
そうして『ルクソーJr.』を作り、それがコンピュータアニメーションの可能性に人々をワクワクさせました。その後『Red’s Dream』を作り、さらに『ティン・トイ』へ進みます。
『ティン・トイ』は赤ちゃんと、小さなブリキのおもちゃが出てくる短編で、おもちゃが赤ちゃんを怖がる話です。
そして――赤ちゃんの頭部の彫刻があるんです。たぶんこれから見せるものがそれ。
これは滅多に出てきません。で、いったん見たら……もう忘れられません。
だからこそ、今日は特別に。回してみましょう。よし。じゃあ、出しますね。
うわ……。すごい。しかも、めちゃくちゃ重い。
私が初めて見た時は、Pixar Image Computerの箱の中に入っていました。
では、こちらです。
表面に線が刻まれているのは、デジタイジング・ワンドを使って頂点を取り込むためです。できる限りの精度でやっていたんでしょうね。
これは、たぶんピクサー最初の人間だったと思います。だから、分からないことだらけで、いろいろ試行錯誤していました。
でも『ティン・トイ』は大成功でした。短編アニメーション部門でアカデミー賞を受賞し、そこから長編制作へと踏み出す大きなきっかけになったんです。業界でも「LAにいない会社が、コンピュータで長編映画を作ろうとしているらしい」と噂が広がり始めて――そこから『トイ・ストーリー』が生まれました。
(Juliet / Bri)
(Juliet)
ブリ、さっきマケットの話をしたよね。何かひとつ、出してみようか。
(Bri)
うん、いいよ。ひとつ思い当たるのがある。初期の短編『ティン・トイ』のもの。
(Juliet)
『ティン・トイ』のマケット?
(Bri)
そう。ちょっと大きいから手伝ってほしい。
(Juliet)
あ、どれか分かった気がする……。
(Bri)
よいしょ。持てる?
(Juliet)
うん……!それを、あなたの後ろの台車に乗せよう。
(Bri)
マケット全部がこんなに大きいわけじゃないんだけど、これは本当に初期の頃で、いろんなことを試していた時代のものなんだよね。
(Juliet)
じゃあ、これをクリスティンとローレンのところに持っていこう。きっと、私たちに話したいものがあるはず。
ブリ、さっきマケットの話をしたよね。何かひとつ、出してみようか。
(Bri)
うん、いいよ。ひとつ思い当たるのがある。初期の短編『ティン・トイ』のもの。
(Juliet)
『ティン・トイ』のマケット?
(Bri)
そう。ちょっと大きいから手伝ってほしい。
(Juliet)
あ、どれか分かった気がする……。
(Bri)
よいしょ。持てる?
(Juliet)
うん……!それを、あなたの後ろの台車に乗せよう。
(Bri)
マケット全部がこんなに大きいわけじゃないんだけど、これは本当に初期の頃で、いろんなことを試していた時代のものなんだよね。
(Juliet)
じゃあ、これをクリスティンとローレンのところに持っていこう。きっと、私たちに話したいものがあるはず。
このコンピュータは本当にすごいことができました。しかも、意外な業界でも使われていました。
そして私たちは短編映画も作っていました。短編は、当時の本業――つまり映画制作ツールを作る事業――に注目してもらうためのものでもあったんです。
この新聞の切り抜き、私は大好きです。スティーブ・ジョブズが私たちを買収した、というニュースなんですが、「Steven P. Jobs」と書かれていて、普段呼ばないすごくフォーマルな表記なんですよね。それと「Pixarの従業員たち」についても触れていて。
これはPixar Image Computerの前面パネル(フェイスプレート)です。私たちがルーカスフィルム時代に販売していて、スピンアウト後は「Pixar」として販売していました。誰であれ必要としているところに売っていたような、かなりハイエンドな画像処理ユニットでした。ここには、当時どういうふうにマーケティングしていたかが分かる資料もあります。
これも大好き。ルーカスフィルム時代のブランドが見えて、時代を感じますよね。
それから、独立初年度のTシャツもあります。これは1986年、NCGA(National Computer Graphics Association)のもの。こっちはSIGGRAPHのものです。SIGGRAPHは私たちにとって特別で、そこで人材と出会って採用につながったり、コンピュータグラフィックスがどこへ向かっていくのかを発信したりしていました。
それから、独立初年度のTシャツもあります。これは1986年、NCGA(National Computer Graphics Association)のもの。こっちはSIGGRAPHのものです。SIGGRAPHは私たちにとって特別で、そこで人材と出会って採用につながったり、コンピュータグラフィックスがどこへ向かっていくのかを発信したりしていました。
ここは「Pixar before Pixar(ピクサー以前のピクサー)」と呼んでいるキャビネットで、面白いものがたくさん入っています。Pixar Image Computerの話をしましたが、こっちは1986年当時の64MBのRAMです。すごく大きいんです。
それから、あまり知られていない製品もあります。ピクサーは当時、十分に利益が出ていなかったので、収益源をどう確保するかを考えなければなりませんでした。そこで最初にやったことのひとつが、「自分たちがすでに社内で作っているものを売れないか」と考えることでした。
たとえばデジタルテクスチャ。物の表面のためのテクスチャですね。128種類作って、フロッピーディスクで買えるようにしていました(フロッピーを知ってる人は分かりますよね)。
それから「Showplace(ショウプレイス)」というソフトも売っていました。ソフトに入っているオブジェクトを、装飾的に配置して楽しめるパッケージです。Showplaceは1991年の代表的な製品のひとつでした。
それから「Showplace(ショウプレイス)」というソフトも売っていました。ソフトに入っているオブジェクトを、装飾的に配置して楽しめるパッケージです。Showplaceは1991年の代表的な製品のひとつでした。
そして『トイ・ストーリー』の1995年のプレス写真を撮っていた頃には、Showplaceの箱がモニター台として使われていたりもします。
それから、今年は『ルクソーJr.』の40周年でもあるので、ルクソーの物語が分かるものも紹介したいと思います。これは『ルクソーJr.』そのものの物語――ジョン・ラセターが書いたストーリーです。これは親と子の話で、ふたりが遊ぶ、その関係性の話なんですね。
ここには、ジョンが画面上で起きてほしいアクションを考えたサムネイル(小さなラフ)が残っています。当時の技術は遅く、まだ原始的だったので、「最終的に画面でどう見えるか」を理解するために、こういうふうにしっかり描き起こす必要があったんです。いわば、すごく初期のストーリーボードですね。
ルクソーのランプのアニメーションを作り始めた頃、社員の一人が、子どものランプの動きを想像するために、駐車場でゴミ箱を飛び越える人のリファレンス写真を撮ったこともあります。
そうして『ルクソーJr.』を作り、それがコンピュータアニメーションの可能性に人々をワクワクさせました。その後『Red’s Dream』を作り、さらに『ティン・トイ』へ進みます。
『ティン・トイ』は赤ちゃんと、小さなブリキのおもちゃが出てくる短編で、おもちゃが赤ちゃんを怖がる話です。
『ティン・トイ』は赤ちゃんと、小さなブリキのおもちゃが出てくる短編で、おもちゃが赤ちゃんを怖がる話です。
そして――赤ちゃんの頭部の彫刻があるんです。たぶんこれから見せるものがそれ。
これは滅多に出てきません。で、いったん見たら……もう忘れられません。
これは滅多に出てきません。で、いったん見たら……もう忘れられません。
だからこそ、今日は特別に。回してみましょう。よし。じゃあ、出しますね。
うわ……。すごい。しかも、めちゃくちゃ重い。
私が初めて見た時は、Pixar Image Computerの箱の中に入っていました。
私が初めて見た時は、Pixar Image Computerの箱の中に入っていました。
では、こちらです。
表面に線が刻まれているのは、デジタイジング・ワンドを使って頂点を取り込むためです。できる限りの精度でやっていたんでしょうね。
表面に線が刻まれているのは、デジタイジング・ワンドを使って頂点を取り込むためです。できる限りの精度でやっていたんでしょうね。
これは、たぶんピクサー最初の人間だったと思います。だから、分からないことだらけで、いろいろ試行錯誤していました。
でも『ティン・トイ』は大成功でした。短編アニメーション部門でアカデミー賞を受賞し、そこから長編制作へと踏み出す大きなきっかけになったんです。業界でも「LAにいない会社が、コンピュータで長編映画を作ろうとしているらしい」と噂が広がり始めて――そこから『トイ・ストーリー』が生まれました。
